2009年4月26日日曜日

effeminate

 英語で女々しいって you are effeminate. って言うんだそうですが、それはラテン語の 女らしいから来た言葉らしく、女々しいはそういえば、女が二つも重なってるな、、、と 書いていて気がつくわけです。口語では気にならない事も気になるんですね。

 「女らしく」と「女々しい」では 随分印象が違うのですが、少なくとも、女性に向かって you are effeminate. は おかしいか、、とは思いますね。
 でも、、、いるんだよね。女にも言いたくなる人。「女々しいよ」

 女が二つも入った言葉を 批判的な意味で使うってのも、いやな気分ですが。(何せ私は 女性という性を大変愛しております。生まれ変わっても女に生まれたいと切に願いますから)

 で、女の女々しいってどう?って言われても、まぁ多分、元の意味とは違った解釈で使ってる気がするから、深くは突っ込まないで!

 反して、男前な性格って、、これ、褒め言葉に使われるんですね。
 すっきりさっぱり、見ていて気持ちのいい行動、性格に使われるっぽい。
 なので、女性なのに、男前って言われたら、これ、喜んでいいんですよね、、きっと。

 でもね、保証してもいいよ。
 男前って言われる女性は、大抵女にモテるが、男にはモテない。
 いや、モテないっていうか、、、男友達ばかりが増えて、そいつらはみんな 可愛い彼女持ちだ!

 私だけか、、、?w


 最近 自分を女々しいヤツだなぁと思ったのに、翌日男前だなぁと言われて、混乱してます。
 褒められたんだから、まいいか、、、。

2009年4月21日火曜日

I am waiting for your return.

その後に 本当はこう続きます。
but, you must forget the thing for which I am waiting.

旅立つ人に、前を見て歩いてください、、という意味なんだと思います。

最近 閉まっていくSIMやお店の話が絶えなくて、寂しいのですが、流れが有るのはその場が生きている証拠なんだと思います。
終わっていくものは、それなりの時間がin worldで経過して ある程度大きくなって終わるけど、始まったものは、始まったばかりでどこも名も知れない小さな存在。
だから 終わるほうばかり目がいくんだと思います。

玉石混じり合ってどんどん生まれてきて、磨かれて光り輝いて、、、
その中で、そっと表舞台に立つのをやめる人がいても、それは各々の意思なので、ありがとうと見送るべきなのでしょう。

でも、寂しさも確かに有る。だから 声をかけずにはいられない。

I am waiting for your return.
but, you must forget the thing for which I am waiting.

私は貴方の帰りを待っている。でも貴方は私が待っている事を忘れてください。

切ないけど、きれいだなと思います。

2009年4月20日月曜日

Copyright

著作権とか 使用権とか 販売権とか 意匠権とか、、、
権利と名がつくと、なにやら 利害も絡みそうで、出来れば避けたい話題の人は多い。
しかし、RLでそれと背中合わせの仕事をしている身に取ってみれば、それを考えるのは当たり前なのだ。

Lindenは 著作権の保護を詠っているが、その対策は万全ではない。
それは ある意味仕方がないのだと思う。
というのも、デジタルデータという劣化しないデータを広域でやり取りするシステムである以上、データのコピーはやろうと思えば出来る事であって、あとは制作者の意識にまかすしかないという部分が大きいのだ。

だから デジタルデータを広域ネットワークに載せる制作者たちは、制作者として工夫してきた。
暗号を組み込んだり、一部欠落したものを見本にしたり、明らかに劣化したデータを載せたり。

しかし、バーチャルな空間でリアルに生活を演じる為に、良質のデータを求められるSecondLifeの中で、その工夫はあまり受け入れられない。そしてまた、生活するなかで、リアルを踏襲する人たちによって、リアルのコピーは求められていく。

著作権、意匠権、、
リアルのコピーも バーチャル世界の中のもののコピーも、in worldでは同列だ。
であれば、権利も同列のはずだが、そこでは、すでに常識になっているリアルの世界の権利は忘れられて、都合のいいin worldの常識がまかり通る。

よく解らない。
リアルをまねするのは解る。そして、世界のどこかに、同じようなものが好きで同じようなものをまねして、同じようなものが出来上がる、、っていうのも解る。
しかし、まったくそのものをコピーするっていうのは、どういう了見なんだろう?
成果だけをかっさらっていくというのが、ものを作る人のする姿勢なんだろうか?
それは制作者じゃなくて、ただの 盗人だろう。
クリエーター名に 盗人の名前を表示して 平気なんだろうか?

かの世界には 何一つ 自然に出来上がったものはない。
道ばたの石ころ一つも、誰かが作ってそこに置いたものなのだ。
花の咲く角度一つ、描く人の意思なのだ。
服のしわだって、肌の色だって、髪の一筋だって。

コピーして、私が作りましたって言っちゃいけないのだ。
言った瞬間から それは 制作者ではなく 盗人になるのだよ、、、、、解ってる?

2009年4月15日水曜日

Does the person think that here is really beautiful?

気持ちがささくれているので、ちょっと意地悪な投稿。
でも、「営業妨害」になるといけないので、写真もURLもなし。
多分けっこう有名なとこで、1年ほど前に出来た島。いつの間にか2SIMに増えていた。
知人がやたら進めるので 1年ぶりに行ってみた。。。が、やっぱり前回と印象は変わらない。

そこは 美しい場所、すばらしい場所として、紹介される事が多い、、が、私はどこが美しいのかさっぱり解らない。
趣味の違いはちゃんと解る。「好きじゃないけど、すごい」「好きじゃないけど美しい」「好きじゃないけどすばらしい」
好きじゃなくてもちゃんと評価は出来ると思っている。
しかし、どう見ても美しくないのに、なぜ多くの人が すばらしいと評価するのか解らない場所が時々ある。
何がすばらしいのか、、、。

1年前は SL内の有りものを並べただけという印象だった。
奇麗なものを置く=きれいな景色になる、、、では 決してない。
有りもの結構。すばらしい創作物が、SL内にはいっぱい有る。
先人の偉業を評価して、それを有効に使うこと。それは正しいあり方だと思う。
しかし、新しい空間を創造するのに、有りモノ自体が持っている力だけに依存してはいけないと思う。
それをどう使って、表現するか。そこに創造の意味が有る。

その場所オリジナルのものもあったのだが、制作技術が稚拙すぎる。
技術は仕方ないとしても、創造の意思が見えないのはどうだろう。

現実世界に有るものを持ち込む時、何の工夫もなく、それが現実世界で奇麗だからとそのまま持ち込んでしまったのでは、所詮それらは劣化コピーに過ぎない。
SLだからこその工夫を、みんな見えないところでやっている。
が、、そこのオリジナルのものは、まさに 劣化コピーをオリジナルのもの美しさに頼り切って持ち込んだものだった。

そうして、現実世界の美と、SL世界にすでにあった美 を 適当に置いて作られた美しいと思われる景色。
何度見ても、どこを見ても、私には理解できなかった。

みんなここを本当に美しいと思っているのか?

1年経った今、また時々人によって紹介されているその場所。
何が変わったのだろうと行ってみたのだが、何も変わっていなかった。
SIMが増えて 配置とか置いてあるものは多少変わったらしい、、、が、作り方は全く同じ。
有りものと、意思のない創作物の羅列。

ここの作り手は、いったい何を伝えたいのだろう。
いや実は、伝えたい事は解るのだ。なにせ SIM内にいると、その場所の説明が降ってくる。
ここはこういう場所を表現してるのだと、説明される。
しかし、作られた風景に、それが全く表現されていないとしたら、いったい作り手は何の為に SLにこの空間を作る必要があったのだろう。

美しい言葉と 美しいフリをする風景。
美しいものを提供しているという勘違いに、作り手は酔ってしまっているのじゃないかとも思える。


私は 美しいもの至上主義だ、、多分。
表現豊かで感動を呼ぶ醜いものよりは、見ていて奇麗だけど、それだけね。っていうもののほうが好き。
なぜって、美しいものはそれだけで、プラス感情になると思ってるから。
醜いものみて すばらしいけど嫌だなぁと思うよりは、ぼけっと 単に奇麗なものを奇麗だなぁと見てるほうがいい。

しかし、美しいと勘違いさせる、エセ美しさは、嫌いだ。
それは 人の正しい美しさの判断基準を鈍らせる。

だから、美しいものを並べただけの、美しいフリをした風景のその島は 大嫌いだ。


ということで、件の島の詳細は私の記録から 抹消。(嫌いなものに記録スペースを取るのは勿体無いじゃないか)w

2009年4月13日月曜日

End that doesn't end

blogを始めたとたん終わるモノがあるなんて。なんて皮肉。
昨日一つ、封印しなくてはイケナイものがあって、それは 終わりではないけど、やはり確実に終わるモノがあって。
バーチャルな世界のリアルな想いは、確実に私を蝕んでいた。

想いを封印できないから、それを込めたものを封印していった。
貴方と繋がる為に用意した数々のモノたちは、その半分も使われないまま、小さな箱に詰められた。
貴方との約束も、まだほとんど果たせないまま、「いつか」という不思議な時間の中に閉じ込める。

好きだと書く事しか出来ないもどかしさ。触れられない温もりを想像して、貴方を待つという甘い時間。
待てと言われたわけでもない。でも、待っていいはずだった。

もう、待ってはイケナイ。待つ事自体が罪になる。
残っているのは 想う事だけ。それだけは許された。

涙が出るのは、きっと自分を哀れんでだ。なんて、美しくない涙だ。
でも、それは 貴方には見えないから。せめてそれくらいは自分に許してあげようと思う。

書かないと、書いて吐き出さないと、次に向かえそうになかったんだ。ごめん。
ここは知らないからいいよね。
まだ誰も読む事は無い場所だから、、いいよね。

おまじないを言おう。
私は強い。ちゃんと立てる。進める。歩ける。私は強い。
そして、やっぱり 好きだよ。

2009年4月10日金曜日

High-heeled shoes

 初投稿が靴の話だったからといって、揃えているわけではない。
 収集癖は 靴だけではないから、きっとこれからだらだらと出てくるのだが、今日はたまたま靴の話。
 私は ハイヒールが好きで、靴が好きといっても、集めた靴の8割はハイヒール。
 ジーンズでもハイヒールを履く。その為にジーンズに合うハイヒールを探して歩いて、ビビットカラーのビニールっぽいものや、デニム素材のものは、それこそ、何度も修理して履いていた。
 


 当然SLでもジーンズにハイヒール合わせようと思うのだが、これがなかなか合うものが無い。
 少々汚れた格好でも合うヒールが少ない。
 
 で、愛用してるうちの一つがこれ。
 見て解るように、基本プリムの組み合わせ。
 昨今、靴はほとんど、スカルプが当たり前になってるので、これはスカルプテッドプリム導入前に作られたものなんだけど、この荒さがジーンズ履いてると違和感なく馴染む。
 多分色も、飾りっけないグレーっていうのがいいのかもしれない。
 もう一つ、よく合わせていた白のヒールもあったのだが、どうも見つからないから、なくしちゃったのかなぁ。
 あれも基本プリムだった。

 もう2−3 ジーンズに合うハイヒールと、汚れた格好に合うハイヒールが見つかれば、今まで着なかった服の活用が増えるのに。、、、、、んーー作るか。。(と、思うだけはいつも思うんだけどね。)


 ところで、、このSSを撮る為に、わざわざ ポーズを作ってアップしたんだけど、こういう片足揚げのポーズを作るたび、いつも悩むことがある。
 それはSLのアバターの関節位置の不出来。
 普通 人間って足が長くなると、膝から下の割合が増えてくるのに、SLって関節位置が変わらないのね。
 だから 片足あげポーズはものすごく不自然になる。。これは腰をひねったりで、撮る位置調整してもらって、うまく見せるしか無いんだけど、腰をあまりひねると、SLのシステムレイヤーの服のずれが酷くて、ファッショングラフィックとしては悲しい結果になる。
 だから ファンキーなポーズ以外で、片足あげはあまり手を出さない。
 これ、、私が知らないだけで何かいい方法があるのかなぁと思ったけど、いろんなポーズ屋さんみても、片足あげた静止ポーズは少ないから、きっとみんな苦労してるんだろうなぁ。

 もちろん 不自然な関節は 膝だけじゃないけどね!!!!!

 そろそろ アバターメッシュの上位アップデートをまじめに考えてくれないかしら?Lindenさん。

 

2009年4月9日木曜日

The third straw sandals

straw sandals わらじってこういうのだったのね。初めて知りました。
2足も使い切っていないのに、3足目を用意して何をするのかといえば、公開逃げ場が欲しかっただけかもしれないという。。

物の収集癖があって、小さな頃から色々なものを集めていました。
そして、それらはまだ残っていたります。

使うのが勿体無いというわけでなく、人が欲しいと言えば、喜んで放出したりますから、残っているのは、自分で使えず、人にも欲しがってもらえなかったものたちでしょう。
集めているうちに、本来の使い方と違う物体に見えてくるから、、という理由もあります。

若い頃、、というと、いったい書いてる人はいくつ?という憶測が出て来ますが、とにかく若い頃のことです。
靴好きが高じて、靴屋さんでバイトをしていたことがありました。
ハイヒールが好きで、今でも履く率が高いのはハイヒールです。
履いた形が、、というよりは、靴そのものの造形が好きらしい。よく、玄関に、花の代りに飾っていました。
当時持っていた靴の数は50足くらい。
どこかの靴婦人には到底及びませんが、バイト身分の若者としては充分な数でした。
さすがに靴は履くものだと認識があったらしく、今では履けなくなって処分したものも多くあります。

このBlogは 主に、Second Life の日常からのカットアウトになります。
他で持っているものが、商品紹介に特化していたり、身内話に偏っていたりなので、普段履きと、ビジネスシューズの、中間。
遊びにいく為のハイヒールが欲しくなった、、ということでしょう。

ハイヒールというアドレスは、もちろん取れなかったので、タイトルやアドレスは 某所の使い回しです。

ヒールの音を響かせて、格好よく歩くイメージとはほど遠く、私の靴は、のんびり歩きます。
時々、排水溝の蓋にひっかかって 転けそうになるのも、もちろん お約束です。